フランス紀行文

フランス紀行文

フランスはパリへ。

2013年6月10日からの旅。

イギリスのカンタベリーから出ているバスとフェリーに乗って、
真夜中の旅路。

パリのホテルは、カンタベリーの友人にプリンターを借りながら予約しました。

パリの後に行くことにしているドイツの電車のチケットやホステルのチケットもここで予約。


正に行き当たりばったり。

さてさて、どうなることやら。

小さな期待と大きな不安を抱えて←蚤の心臓はバクバクです!

 6月10日

6月9日の夜。22:30頃に、滞在させてもらってたカンタベリーの友人の寮を出ようとしたら、

彼女と、他にもう2人、カンタベリーに住んでいる友人がバス停まで見送りに来てくれた。
はぁー。マジ天使。

23:10のバスは、5分くらい遅れてきて、
バスが発車してもずっと3人の友人は手を振り続けてくれました。


その様子を見てた隣のお姉さんは
バスがカンタベリーを離れるとにこやかに話掛けてきました。

彼女はパリで建築学を勉強してる人で、カンタベリーに週末、友達のバースデーパーティに訪れていたそうです。

国籍を訊ねるとルーマニア人だということで。
とってもきれいな人で、私より背が少し小さかった。
160センチくらいなのかな。


40分くらい走ったところで船着き場のところで降ろされ、入国審査。
とは言っても、パスポート見せてスタンプ押してもらっただけの簡単なものでした。

で、バスごと船に乗船…と、思いきや、手違いかなんかでフェリーの前で2時間待たされ、
フランス語しか話せないバスの運転手さんも、
イギリス側との情報伝達ができず、めっさご立腹でした。

何度もこの路線を使っているルーマニアの彼女はも、こんな風に待たされるのは初めてだなんて言っていましたが
私のほうはそれならむしろ貴重な体験させていただけてラッキー、なんて気楽に構えてました。

それに時間通り、7:45に向こうついてもやることもありませんし、
なんとなくでも寝れる時間が確保できて実際に好都合でしたからね。


フェリーに乗ったらバスをおろされ、
フェリーの中で2時間ほど仮眠。


バスに戻ったら、ルーマニアの彼女が、パリで困ったら連絡してくれと、
なんと彼女のケータイ番号を書いて私にくれました。や、やさしい…


バスはその後4時間くらい走ってパリに向かったんですが、
ちょうど私は千代紙を持っていたので
鶴を二匹折って
感謝の気持ちだよってことで彼女に渡したら物凄く喜んでくれました。

すると斜め後ろに座ってたおばあさんがそれを見てて、

それ、折り紙でしょ!知ってるわ!

って話掛けてきてくれました。

なんかこういう交流いいなぁ。


バスを降りたら、ルーマニアの彼女が地下鉄まで案内してくれて、
切符の買い方も教えてくれて、
私が乗り換える駅まで一緒にいてくれたという。
ものすごく親切でびっくりしました。

今後ルーマニア人に会ったら必ず恩を返すことを心に固く誓いました。


電車でモンマルトル広場近くにあるHotel Angleterre Montmartre
というホテルまで行きました。

ここは安いですが英語を話せるスタッフさんもいらっしゃいました。

13:00までチェックインできないと言われたので
とりあえず荷物だけ置かせてもらい、散歩をすることに。


まず、ふらふら凱旋門まで電車で行ってみました。

あんま大したことないんじゃないか…?

って言うのが正直な感想なんだが、どうなんでしょうね。

でもこっそりオー・シャンゼリゼ歌っときました♪

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それからホテルの最寄り駅に戻って、モンマルトルのほうまで歩こうと思ったんですが、
道が入り組んでて歩くのが面倒になり、断念。

それにもうチェックインできる時間になるところだったので、おとなしくホテルに戻ることにしました。


部屋に入ってベッドを見た瞬間
疲れがどっと出てきてこの日はこのまま荷物の整理をして
洗濯物を洗って寝てしまいました。

折角のパリですが
体調管理ができずに具合が悪くなったらそれこそ大変ですからね。
一人旅は無理をしてはいけません!よ!!

で、この後22:40頃に目が覚めたんですが、
外がまだ薄ら明るくてこの日一番の衝撃を受けました。


6月11日

パリ、2日目。

朝9:00過ぎに起きて、支度してさっそくホテルを出ました。

だって、前日は結局イギリスで買ってたビスケットを食べただけだったから、
なにか外で食べなければならなかったんです。

青天とはいかないけど、歩くには良い陽気。

パリの石畳の上を歩きます。


パリにはスターバックスはあまり見かけませんでした。

この時点で、まだフランスで一件も見ていなかった。

でもスタバに入ってコーヒーとwifiのある環境に自分を置きたかったので、
モンマルトルのほうまで歩いて行きました。

そう、スタバが私のライフライン。
Wifi のために、まず最初に、訪れた街でスタバを探してきたんです。


モンマルトルは急な坂や階段が多い場所。

この時、アメリカで毎朝3,4キロ走り続けていた自分に本気で感謝をしました。

ちょっとやそっとじゃへばりません。

坂のてっぺんに、聖堂みたいなものがあって、ジャンヌ・ダルクの像がありました。

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彼女の目線の先を追うと、パリが一望できました。

彼女の守った国ですからね。誇らしげです。

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エッフェル塔を遠くに見つけ、売店で水を買います。

その裏手にある、テルトル広場っていう有名な広場に行ってみたら、ようやくスタバを見つけられました。

そこで母親にメール。
連絡が遅いと、前日さんざん怒られたんで。←

チェリーパイをコーヒーと一緒にいただきます。

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やべぇ。アメリカと違う。
これだよ。これをケーキと呼ぶんだよ!!

この艶のある見た目!ボリューム!!味!!パリ!!!!

満足したので鼻歌交じりに外に出ます。


広場では、画家さんたちが絵を描いて売っています。

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その裏手の階段をずっと下って行って、
クリニャンクールの蚤の市まで行ってみた。

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パリにはいくつか蚤の市があるけれども、
ここは特別。
昔国語の教科書に乗っていたところ。


誰の評論だったのか。

パリに少し長く滞在しなければならなかった人。
やることもなくて、蚤の市に行ってみた所、
古い切手が大量にあって、それに心を惹かれ、
ノートと糊も購入して、
ひたすら部屋でノートに切手を貼り続けた人。

パリまで来て、引きこもって、わけわからないことやって、
でも彼はそれで満足だったんです。
だったら、彼にとってはそれが正解。

人によって世界の在り方や価値は違って、それでいいだなと思った中学時代の想い出。

その教科書の中の世界を、自分の目で見たかった。

こういう時、無駄な勉強なんて一個もないって思います。

知識の裏付けがあるから、目の前の光景が表面的ではなく、多角的に見えてきます。


行ってみるとすごい貧民街だったので、奥まで行かないで引き返しちゃいましたけどね。


来た道を戻り、ホテルを通りこし、
明後日ドイツまで行く電車が出る駅の下見をしに行きました。

大きかったので、英語が話せる駅員さんを探してどこのプラットフォームから利用する電車が出るのか聞きまくって

何となくわかったところで一端ホテルに戻りました。

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時計を確認すると、まだ13:20。

部屋の掃除がまだ終わってないとのことだったけど、
下手に部屋に入られたくないと思ってたので(パリは盗難で有名)
逆にちょっとホッとしました。

タオルだけもらいに行きました。


PC で情報をまとめなおし、15:00に部屋を出て、
今度は電車に乗って凱旋門まで行き、
そこからエッフェル塔まで歩いてみました。

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で、また電車で戻って来て、近くのスーパーで夕飯を買い、
18:00に部屋に無事帰還。

シャワーを浴びてから夕飯。

でっかいバケット、バター、サラダ、あと、これまたでっかいマカロン2つ。

マカロンは嫌いだったんですが、本場のものを食べずに嫌ってはいけませんからね。

結果、初めてマカロンを美味しいと思いました。


そのあと、どうしてもバスチーユ広場や、ノートルダム大聖堂を見てみたいと思って、
夕方のパリを歩くいい機会だとも思ったので
20:00~22:00まで外出して帰ってきました。

行ってよかった。

やっぱり夕方みたいにずっと明るくて、
独特な雰囲気がありました。

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酒場で陽気に酒盛りをするおっさんを見るのもなんか幸せ。

穏やかなパリ。
時間がゆっくり流れていました。

ま、やってることはせわしないんですがね。

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6月12日

パリ3日目。

朝7:40に起きて部屋を出ます。
が、その前にお母さんにメールを忘れずに。

下に行くと子供の集団がホテルの前にいました。

修学旅行かなんかで使ってるのか?こんなぼろいホテル?

ちょっと疑問でしたが、子供の合間を縫って外に出ます。


人ごみをかいくぐって駅へ行き、4番ラインで南下し、
途中8番ラインに乗り換えて、Invalidという駅で降り、
RERという、メトロではないちょっと特殊なラインに乗りました。


行先はヴェルサイユ宮殿。


前日にネットで行き方を調べたら、なんか難しそうだったのでビクビクしてたんですが、
とりあえず人の流れについて行けばいいだろうと適当な考えに至り、

また運よく終着駅がヴェルサイユ宮殿のある駅の電車に乗れたので
ホッと胸をなでおろします。


電車を降りて、人の流れについて行ったら、
およそ5分くらい歩いたところに見えてきました。

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10:00に着いたんだけど、チケット買えたのは11:00。

買った後に、自動券売機があることに気づき、
しかも日本語表示もあって失敗したなと無駄に敗北を感じました。

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でも、ちょっと凄いのは、
その機械の選択可能言語は、
フランス語、英語、ドイツ語、日本語だったこと。

あのね、フランスは本当に親日国家だったよ。
電車で日本のマンガ読んでる人がいたし、
無印良品の「スケッチブック」って書いてあるスケッチブック使ってる人いたし、
今日だって、乗換駅で、「日本に行こう」みたいな旅行の広告でかでかとあったし、
ジャパンエキスポの広告2回も見たし、
カタカナの書いてあるTシャツ来てる人いたし、
電車の内部装飾として日本語書いてあるしで、

パリは親日!

というのが私の目で見たパリからみちびきだした結論。

あと、フランスの気候が、ちょっと日本に近いとも思いました。
イギリスよりもね。
大して暑くもないのに、湿気でじめじめして汗が出るところなんかが。

あと、ヴェルサイユ宮殿までの電車から見る景色が、
東京から鎌倉に向かうまでの景色みたいで、ノスタルジー。

フランスと日本は、たぶんどっか似ています。

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話を戻しますね!

ヴェルサイユ宮殿は、とにかく広大だった。

大抵の観光スポットは、

こんなもんか

で終わるところが多いけど、フランスって色々と
”聞きしに勝る”
国だと思いました。

色々綺麗で、本当に芸術が好きなんだと思う。
細かいところに遊び心もあって面白い。

なんかチケットカウンターでも、変なオブジェがあってガッツリ心をつかまれたんですよね。


宮殿内は美しかった・・・

もはや絶句。

あれを形容する言葉が見つからないので写真を載せます。

ってかもう行って見てきてください!!

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ウロウロしていると、宮殿の中にレストランを見つけたので入ってみました。

こういう特別な時のために、お金をケチって来たんですからね!

因みに服装は、どんな場所でも対応できるように
常にシャツとジャケット、スーツパンツに合皮のブーツでかっちり、しかし動きやすく!
そんな恰好でした。


受付に東洋人が働いてて、英語で話しかけたら、英語でかえしてくれたんですが、

「・・・もしかして日本人ですか?」

って言われました。

そう、なんと彼女も日本人だった。
フランス語と英語を話せる日本人が、ヴェルサイユ宮殿で働いてるとか。
尊敬します。

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レストランで、キッシュを食べ、エスプレッソを飲みます。
どちらもフランス名物ですからね!

世界三大料理にフレンチがあるのは納得だなあってしみじみ思いました。
あのキッシュは再現不可能。
ふわふわしてて、オムレツみたいで口の中でほどけていくみたいでした
シェーブルチーズの癖があるのに重くない味を良く活かした触感で
ちょっとした奇跡を感じました。

24ユーロで、割高だけど、場所代だと思うし、
そうでもしなきゃ、あんな広大な宮殿は維持できませんからね。

しっかり観光客からお金を取るべ場所だと思います。


庭のずっと奥にある、ナポレオンの使ってた離れのほうまでひたすら歩いて行って、
(そこの分のチケット代も払ってしまっていたので)
ぐるっと見て引き返しました。

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するとそうこうするうちに雨が降ってきました。

そして。

広すぎて、道に迷った。


やっとの思いで駅にたどり着いたのが15:30。

15:40に列車は出発し、16:12にInvalidに着いたので、
ルーヴル美術館にそのまま行きました。
この日は22:00まで営業している日だったんで、ラッキー♪

画像の説明

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モナリザも見たし、ミロのヴィーナスも見た。

モナリザって何の感動もない作品だった、って言うのが正直な感想です。
きれいな絵は、もっと他にいっぱいあったように感じます。

でも、ミロのヴィーナスは見たかったからうれしかったです。

中学の教科書の評論で、
ミロのヴィーナスの両手は、無いからこそ美しい
っていうよくわかんないことがかいてあって、
何言ってるんだ?って思った記憶があったから。
だから見てみたかったんです。

で、見てみて、なんか腑に落ちました。すっきり~。


そんなこんなで、ホテルに帰ったのは18:40頃。

シャワー浴びてメールのチェックをして、
ドイツのホテルの場所や、ほかにもいろいろこれからの旅でチェックしなきゃならなかったことを調べて、
それがようやく終わった所で前日の残りモノを夕飯にします。

翌朝は早く出なければいけなかったので
22:30に床に着きました。

6月13日

フランスにさよなら、ドイツにこんにちは。

4:20に起きて、しかし5:30までベッドから出られず。
でも起き上がって、なーんにも荷造りしてなかったので急いでやしました。

荷造りといっても、私には機内持ち込み型のちっちゃいスーツケースと手提げかばんしかありません。

なので、ものを買っては捨てるを繰り返していました。
下着とかね。
でもこの時は捨てられるものはあんまりなかったのでちょっとかばんが重かった。


7:00にホテルを発ち、
歩いて北駅まで行きます。
下見したとこですね。

何にも考えずに予約したホテルだったけど、
ロケーション的にはこれ以上ないような場所でした。

交通がすげえ便利で、国際線が通ってる北駅まで徒歩で行けるなんて、本当にすごい!ラッキー!!


8:01の電車だったんだけど、
プラットホームがわかるのは20分前になってからだったので、
時間に余裕のあるうちに3万円をユーロに換金し、
駅のカフェでラテとサンドイッチを買います。


電車は指定席でしたが、
コンパートメントひとつ占領できちゃいました。

でも降りる駅がわかんなくて、車内放送聞いてももそもそも駅名の発音の仕方がわからなかったんで
四六時中焦ってたんで、くつろぐ余裕はなかったんですが。

画像の説明

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11:15にKoelnってアーヘンの近くの駅について、電車乗り換え。
しかしどれに乗ったらいいのか分からなかったんで、駅員さんに聞いたら、
今目の前にある、もう出発する奴に乗ってハンブ?って駅で乗り換えろって言われて、
飛び乗ったけどそんなこと切符には書いてねーしって乗った後気づいて、

焦った。


切符の確認に来た車掌さんに聞いてみたら、
ハン?って駅で乗換えてって言われたので、
その駅はあとどれくらいなのかって聞いたら、一時間も先で。
ここで聞かなかったら、一時間ずっと集中して神経研ぎ澄ましてなきゃいけなかったので、
聞いてよかった。

蚤の心臓だからね。ビビりなんですよ。


13:00にHammに着いた。

どれに乗り換えたらいいかわからず、
インフォメーションセンターに行くと、プラットホーム5に行けって言われた。
掲示板を見るとそれの発車時刻は13:11。
水とサンドイッチを買ってダッシュ!!

セーフ!!!!


車内で、荷物を上にあげられなくて困ってたら、
おじさんだかおじいさんだかが親切にやってくれました。
ドイツ人強いって、本当だった。

そこで気づいたんですが、座席も全部すごく大きかったんだけど、
周りを見渡すと別に普通サイズに見えています。
つまり、ドイツ人が大きい。やはり強い。


列車は洪水のせいで遅れていると。
ふと見たインフォメーションに書いてありました。

ドイツ人は、見てると意外にフレンドリーで、

知らない人とも普通に話し、
車掌のアナウンスでも笑う。


ま、しかし疲れました。
何駅目がベルリンなのかもわからず、
電車に揺られてもまんじりともせず集中してたので。

19:00に、ようやくベルリン着!!
17:00に本来なら着くはずだったんですがね。


それから、市内の電車の切符の買い方を学んで、
逆方向の電車に乗って、
引き返して、
電車降りてホステルを見つける旅へ。

存外すぐに見つけることができたので、
チェックインして買い物行って、
水とミューズリ買って戻りました。


私の泊まったホステルは、いわゆる旧東側。
つまり、壁の外側のソビエト圏。

ホテルは安いからトイレとシャワーが共同でした。

ホステルの外見はとても治安が悪そうでした。もちろん実際は違ったけれど。

言葉で形容し難いけど、その当時を感じる場所。

でも泊まってる人と受付の人は普通。

シャワーを浴びて
ネット接続、母さんに連絡。

今23:52、就寝!

おつかれーい!!自分!!

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